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【嫌われる勇気】無意味な人生に意味を与えよう

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フッと思いついたように、名著「嫌われる勇気」を読みかえしました。

 

「嫌われる勇気」とは、心理学者アルフレッド・アドラーの思想を「哲人」と「青年」の対話形式で綴った自己啓発書です。

 

前に進みたいとき、でも進めないときに読むと勇気をくれる一冊。

 

「幸せな人生」の定義は人それぞれですが、この本には「幸せに生きるヒント」が詰まってます。

 

まだ読んでない方にはおすすめな一冊として、また自分用のメモとして、胸に響いた箇所を書き留めておきたいと思います。

 

  

ほんとうの自由とはなにか

 

他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを恐れず、承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、自分の生き方を貫くことはできない。

 

メジャーリーガーを引退したイチロー選手、サッカーの本田圭佑選手を見てると、ただただ、正直に自分の道を進み続ける強さを感じます。

 

そのような生き方は、他者から妬みや嫉妬を受けることもありますが、「他者にどう思われるのかどうかは他者の考えであって、自分の課題ではない」とアドラーは述べています。

 

他人の評価を気にせず、嫌われることを恐れず、前だけを向いて進んでいくことが自分の人生を生きるということだと。

  

対人関係のカードは、「わたし」が握っている

 

多くの人は、対人関係のカードは他者が握っていると思っています。だからこそ、「あの人は自分のことをどう思っているんだろう?」と気になるし、他者の希望を満たすような生き方をしてしまう。でも、課題の分離が理解できれば、すべてのカードは自分が握っていることに気づくでしょう。

承認欲求に縛られていると、対人関係のカードはいつまでも他者の手に握られたままになります。

 

あなたは世界の中心ではない

 

「この人はわたしになにを与えてくれるのか?」ではなく、「わたしはこの人になにを与えられるか?」を考えなけらばならない。これが共同体へのコミットです。

 

まずは与えることから。待っている姿勢では共同体に入れるとは限らない。共同体に入りたいのであれば、自分の手で獲得しなければならない。

 

共同体の声をきけ

 

まず、対人関係の入口には「課題の分離」があり、ゴールには「共同体感覚」がある。そして共同体感覚とは、「他者を仲間だと見なし、そこに自分の居場所があると感じられること」である。

 

「人間社会」という共同体で考えるなら、あなたも教師も対等の「人間」です。理不尽な要求を突きつけられたのなら、正面から異をとなえてかまわないのです。

 

関係が壊れることだけを怖れて生きるのは、他者のために生きる、不自由な生き方です。

 

人間は「一人」では生きていけません。必ず何かしらの共同体とつながっています。

 

共同体は一つではなく、いくつもあるので、居心地が悪ければ別の共同体を探せばいい。「もっと他の(大きな)共同体」があり、そこにはもっと大きな世界が広がっていることを知っておくと、生きることが楽になります。

 

叱ってはいけない、ほめてもいけない

 

ほめるという行為には「能力のある人が、能力のない人に下す評価」という側面が含まれています。

 

われわれが他者をほめたり叱ったりするのは「アメを使うか、ムチを使うか」の違いでしかなく、背後にある目的は操作です。アドラー心理学が賞罰教育を強く否定しているのは、それが子供を操作するためだからなのです。

 

そもそも劣等感とは、縦の関係の中なら生じてくる意識です。あらゆる人に対して「同じではないけど対等」という横の関係を築くことができれば、劣等コンプレックスが生まれる余地はなくなります。

 

人は、ほめられることによって「自分には能力がない」という信念を形成していく。~中略~ ほめてもらうことが目的になってしまうと、結局は他者の価値観に合わせた生き方を選ぶことになります。

 

アドラーの心理学では、子育てをはじめとする他者とのコミュニケーション全般について「ほめてはいけない」という立場をとっています。

 

すべての対人関係を「縦」で考えるのではなく、「横」で考えること、すなわち、子供も親も、妻も、大企業の社長も平社員も、フリーランスも専業主婦も「同じではないけれども対等」だと。 

 

自分には価値があると思えるために

 

仕事を手伝ってくれたパートナーに「ありがとう」と、感謝の言葉を伝える。あるいは「うれしい」と素直な喜びを伝える。「助かったよ」とお礼の言葉を伝える。これが横の関係に基づく勇気づけのアプローチです。

 

いちばん大切なのは他者を「評価」しないということです。

 

アドラー心理学では、ほめることによる「評価」ではなく、素直な「ありがとう」という感謝の言葉に価値があると言っています。

 

他者に感謝されると自分の存在意義を感じることができます。

 

ここに存在しているだけで、価値がある

 

ありのままのわが子を誰とも比べることなく、ありのままに見て、そこにいてくれることを喜び、感謝していく。理想像から減点するのではなく、ゼロの地点から出発する。そうすれば「存在」そのものに声をかけることができるはずです。

 

僕には2児の父ですが、 特に長男はすぐに叱ってしまいます。

 

比べず、叱らず、存在そのものに声をかける。

 

非常に難しいですが、実践したいと思います。

 

人は「わたし」を使い分けられない

 

縦の関係を築くか、それとも横の関係を築くか。これはライフスタイルの問題であり、人間は自らのライフスタイルを臨機応変に使い分けられるほど器用な存在ではありません。要は「この人とは対等に」「こっちの人とは上下関係で」とはならないのです。

もしあなたが誰かひとりでも縦の関係を築いているとしたら、あなたは自分でも気づかないうちに、あらゆる対人関係を「縦」でとらえているのです。

 

誰に対しても態度を変えない。サラリーマンには難しいのかもしれません。

 

自己肯定ではなく自己受容

 

自己受容とは、仮にできないのだとしたら、その「できない自分」をありのままに受け入れ、できるようになるべく、前に進んでいくことです。

 

われわれはなにかの能力が足りないのではありません。ただ”勇気”が足りていない。すべては”勇気”の問題なのです。

 

信用と信頼は何が違うのか

 

他者を信じるにあたって、いっさいの条件をつけないことです。たとえ信用に足るだけの客観的根拠がなかろうと、信じる。担保のことなど考えずに、無条件に信じる。それが信頼です。

 

われわれには、信じることができます。疑うこともできます。そしてわれわれは、他者を仲間と見なすことを目指しています。信じることと疑うことのどちらを選択するかは、明らかでしょう。

 

仕事の本質は他者への貢献

 

労働とは、金銭を稼ぐ手段ではありません。われわれは労働によって他社貢献をなし、共同体にコミットし、「わたしは誰かの役に立っている」ことを実感して、ひいては自らの存在価値を受け入れているのです。

 

若者は大人よりも前を歩いている

 

ありのままの自分を受け入れるーつまり「自己受容」するーからこそ、裏切りを怖れることなく「他者信頼」することができる。そして他者に無条件の信頼を寄せて、人々は自分の仲間だと思えているからこそ、「他者貢献」することができる。さらには他者に貢献するからこそ、「わたしは誰かの役に立っている」と実感し、ありのままの自分を受け入れることができる。「自己受容」することができる。

 

「自己受容→他者信頼→他社貢献→自己受容」という流れ。

 

人生とは連続する刹那である

 

「いま」という刹那の連続です。われわれは「いま、ここ」にしか生きることができない。われわれの生とは、刹那のなかにしか存在しない。~中略~ 計画的な人生など、それが必要か不必要かという以前に、不可能なのです。

 

いま、ここの強烈なスポットライトを当てよ

 

過去が見えるような気がしたり、未来が予測できるような気がしてしまうのは、あなたが「いま、ここ」を真剣に生きておらず、うすらぼんやりとした光のなかに生きている証です。

 

過去にどんなことがあったかなど、あなたの「いま、ここ」にはなんの関係もないし、未来がどうあるかなど「いま、ここ」で考える問題ではない。「いま、ここ」を真剣に生きていたら、そんな言葉など出てこない。

 

無意味な人生に意味を与えよ

 

あなたがどんな刹那を送っていようと、たとえあなたを嫌う人がいようと、「他者に貢献するのだ」という導きの星さえ見失わなければ、迷うことはないし、なにをしてもいい。嫌われる人には嫌われ、自由に生きてかまわない

 

世界とは、他の誰かが変えてくれるものではなく、ただ「わたし」によってしか変わりえない

 

誰かが始めなければならない。他の人が協力的でないとしても、それはあなたには関係ない。わたしの助言はこうだ。あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え